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2005年7月19日〜8月9日 ◎◎ 65年前に生まれ故郷のブラジルから日本へ来て、そのまま一度も帰る事のできなかった母と、父、私の2人の息子を連れて、ブラジルの母の妹家族たちを訪ねた約3週間のブラジル旅行の記録です。母の姉妹の家族が住むサンパウロ、母の生家が残るバストス、かつて、母と祖父が日本へ向けて旅立ったサントスの港などあちこちの母のルーツ巡りの旅。 もちろん、おまけつき。北部の美しいフォトレーザのリゾート三昧。  ※プライバシー保護の為、個人名は仮称で載せています。

母の生まれた町

話はゆっくり進んでいきます(^^;)..

さて、このブラジル旅行の一番の目的地BASTOS(バストス)へようやく着いた。
BASTOSは母が生まれ、7才まで育った小さな町。
昔の事なので、産婆さんなんかが来て、家で産まれたのだろうが、なんと母の日本の戸籍には「ランシャリーヤ駅」で生まれたと記載されてあった... いくらなんでも駅では産まれんやろ(‥;)と思うのだが、戦前の戸籍っていい加減。。。
母の両親は、ここBASTOSで、そこそこ大きな商店さんをやっていた、という話でコーイチおじさんが何度も車を止め、人に聞きながら、探していく。

バストスの家そしてようやく、見つけた!
周りの風景も家の玄関口も、色も変わっているようだけど、屋根の部分の形が昔のまんまだと母が覚えていた。70年前のまんまの建物が残っていた!
今は壁が黄緑色に塗られ、おしゃれな雑貨店になっていたが、店の人に事情を話すと店の奥まで入れてくれた。
裏に細長くつづいていたと言う建物は、今は半分までで、後ろの土地は売られたらしく、別の家が建っていた。
バストスの家 バストスの家
しかし、裏庭の木は昔のものが残っており、雰囲気も残っていたみたいだった。
母とシズヨさんはとても懐かしそうに「ここがずっ〜と細長く続いていたよねぇ」とか「よくお菓子もらって奥へ行っていたよね」とか話していた。
その頃、母はポルトガル語を話していたのだろうか? 日本語だったのだろうか?
バストスの家 バストスの家

バストスの家その夜はBASTOS近くのTUPAという町のきれいなホテルに泊まった。
子ども達は、この日もホテルの部屋に入ると、早速テレビを着けて、慣れたアニメチャンネルを探していた。
次の朝は、また早朝から出発し、一日車で走って、夜暗くなってから、サンパウロのコーイチおじさんの家に着いた。
この5日間の走行距離は2,470km。
ざっと日本の北海道の端から沖縄までの直線距離くらい。ホンマにお疲れ様でした〜。

Writer: takotako (2006.10.13)
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