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2005年7月19日〜8月9日 ◎◎ 65年前に生まれ故郷のブラジルから日本へ来て、そのまま一度も帰る事のできなかった母と、父、私の2人の息子を連れて、ブラジルの母の妹家族たちを訪ねた約3週間のブラジル旅行の記録です。母の姉妹の家族が住むサンパウロ、母の生家が残るバストス、かつて、母と祖父が日本へ向けて旅立ったサントスの港などあちこちの母のルーツ巡りの旅。 もちろん、おまけつき。北部の美しいフォトレーザのリゾート三昧。  ※プライバシー保護の為、個人名は仮称で載せています。

お墓参りでアイルトン・セナ!

次の日の朝食はパンと大きなハム食べ放題だった。
食べ盛りのうちの子ども達は大喜びで、パンにたらふくハム詰め込んで食べたのだった。

この日、スーツケースをなくしたアメリカンエアラインから連絡が来ることになっていたので、連絡を待って、母の弟のお墓参りに行く予定だった。しかし、電話がかかって来たのは午後2時過ぎ、しかも「スーツケースが出て来たので、夜中12時迄に届けます」との事。結局どこにもいけず、また昼寝なんかしながらだらだら過ごしていた。スーツケースが届いたのは、夜中の11時半だった。
後で夫から、スーツケースが届くまでに、服とか日用品とか買ってたら、保険で全部おりたのに! とメールがあった。そんな事言ったって、ブラジルのお金持ってないし、なんだか買い物に行くのも怖かったんだもん....(いや、ホントはブラジルは買い物天国です!後でさんざん買い物したし!)

そうそう、日本との連絡用におじさんの家のパソコンを使わせてもらえる事になったのだけど(ホントはいとこのウーゴのパソコンだったらしい)、日本語は"読めるが打てない"パソコンだった。。。 おかげでブラジル滞在中は、下手くそな英語で日々BLOGを書く事になった。いい訓練になったわ。。

さて、そうして、その次の日。日付は7/22。
ようやく母の弟お墓参りに行く事になった。母の弟は、母と祖父が日本へ発った時、祖母のお腹にいたそうで、産まれてから父親と一番上の姉の顔を見る事なく病気で亡くなったのだそう。母も手紙と写真でしか知らない弟だ。

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サンパウロの墓地は高級住宅地の中にある。
大きなお屋敷や高層マンションの間を抜けると、突然広くてきれいな公園に出る、そこが墓地。お墓に墓石はなく、名前などが書かれたプレートが均等に並んでいるだけ。
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ただ、これはブラジル式いうわけではなく、その墓地ごとに形が違っているようで、後で行った別の墓地はまた全然形が違っていた。
母は、弟のお墓のプレートを少し涙ぐみながら手でなでてきれいにしてあげていた。みんなでお花を添えて、日本式に合掌した。
みんなでお祈り

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Ayrton Senna da Silvaって書いてある

おじさんが言った。「アイルトンセナのお墓があるよ」
特にF1が好きなわけではないが、さすがにセナは知っている。「え〜っどこどこ!?」
母の弟のお墓から、そんなに遠くない公園の真ん中にセナのお墓があった。
公園の真ん中で、一本の大きな木の前だったけど、他のお墓となんら変わらない、なんの飾りっけもないお墓だった。一応お墓だし、ちょっと躊躇したのだけど、おじさんが「撮っときなさい、撮っときなさい、記念になるよ」とためらいもなく勧めるので、うれしがって記念写真を撮った。すみません〜〜 
こんなきれいな墓地だし、ブラジル人のおじさんには特にお墓だから「申し訳ない」とか「何か写るかも〜」なんて思いはないのかもしれない。
001kanku.jpgす、すみません、、、一応記念に。

Writer: takotako (2006.04.13)