さぁ、そろそろええかげんに、ブラジルへ話を持って行こう。
母のパスポートは、ちょっと遅れてあせったが、1週間ちょっとくらいで、べた〜っと訂正シールを貼ったものが返却されて来た。(発行しなおすかと思ったけど... すっげぇおおざっぱなのね(^^;))
そして、母のブラジルパスポートはなんとかなったものの、その後、新たな疑問を弟が出して来て、実はもうひと騒動あった。
普通、外国へ行くとき、日本のパスポートに日本出国のスタンプ、外国でその国の入国のスタンプ、帰る時に出国スタンプ、そして、日本に着いたら、日本へ帰ってきたよ〜 と日本入国のスタンプを押してもらう。
しかし、母の場合、日本のパスポートで出国し、ブラジルへは、ブラジルビザがないので、ブラジルパスポートで、入国する。
出国もブラジルパスポートでするので、日本へ帰って来た時は、どのパスポートで入るの?入れるの? ----- というものだった。
念のため、パスポートセンターへ聞いてみたが、電話に出たお姉さんは「たぶん大丈夫だと思いますが、正確にはわからないので、入国管理局に聞いてみてください」とのことだった。入国管理局へはちょっと怖かったので、メールで問い合わせたら「日本では二重国籍は認められておりませんので法務省へお問い合わせください」との事だった。う〜〜〜 あせっ!!!!
困ってブラジル旅行社へ聞いてみると、ブラジルと日本を行き来する人はパスポートを2種類持っている人がたくさんいて、なにも問題ありませんよ〜〜〜 との事だった。なんだなんだ!
---が、ちょっと心配だったので、念のため、母の戸籍謄本を、私の英語の先生に訳してもらい、ちゃんと正式文書っぽくサインもしてもらって、持っていくことにした。
なんとか、準備を進めつつも、私自身もちょっと長期で仕事を休むので、それまでに終わらせないと行けない仕事に追われ、そんなこんなで、残りの20日間ほどは、もうなんだかわけわからんままに過ぎていった。
そして、7/17(日)。
父母とは家が離れているので、荷物を一式持って、父母の家へ移動。
出発は明後日だぞ!!
よっしゃ!! 心の準備はいいか!?
takotako (2005.10.03) : Comments (2)
■■■ 2005.6.30(木)
ついに、私と子ども達の3通のパスポートが届いた。なんだか、立派なシールが貼り付けてある。ビザってこんな立派なもんだっけ?うれしくてじっくり眺めてみる。
これで、母のパスポートが届けば、ひと安心。
しかし、毎回ブラジル領事館の書類は着払いで届く。郵送手数料で、一般より1200円も多く払っているのに、、、、、1200円ってのは、梱包手数料か!?(ってクロネコヤマトのビジネス封筒に入っているだけやけど)

ここまで、パスポートとビザのトラブルで、まったく旅行の準備をしていなかった。
そろそろはじめなくては。
夕方、また母から電話があった。
家に帰ってきたら、ブラジル領事館から荷物が届いている。いなかったので不在連絡表があって、今連絡して、待っているところ。
----だそうだ。
えっ!? パスポートにしては早すぎる。しかしこの後に及んで、、、、
母は、荷物が届いたらまた電話すると言って切った。
う----------------ん。
夜、母から再び電話。
パスポートが入っていた! ってえっ!? 早すぎる!!
発行日を見ると、名古屋に行った、次の日になっているらしい。
いや・・・ さすがお役所というべきか。。。。3ヶ月かかると言われたのが、3週間になり、実際には3日でできた事になる。す、すごい。。。。。
が、し、しかし!!!!
母の次の言葉。
「これ、生年月日かなぁ? 1955年ってなってるんやけど」
って、母の生まれは1935年。パスポートの生年月日を間違えているようだった。
「1955年でもいいけど、いくらなんでも写真と合わへんよねぇ」と母。いや、そういう問題じゃないって。
次の日、弟が領事館へ電話をしてくれて、すぐ直してくれるという事だった。
一難さって、また一難かしら。
takotako (2005.09.26) : Comments (0)
■■■ 2005.6.27(月)
朝から弟が母を連れて、名古屋のブラジル領事館へ行っている。
昼頃、弟から、電話がかかってきた。
「母のパスポートがないのはわかってもらえたが、パスポートを発行するのに3ヶ月かかると言われた。ブラジルに7/19に出発するから、なんとかしてくれって、今交渉してる」
おお! がんばれ〜〜
そして夕方、母から電話があった。
なんとパスポート出してくれる事になったらしい!!
とにかく19日に出発するからなんとかしてくれ、と弟が粘ってくれたそうで、なんとか間に合わせましょう、となり、7/14日頃に発行してくれるらしい。
ぎりぎりだけど、これで行ける! よかった〜〜〜〜〜!!
takotako (2005.09.26) : Comments (0)
ブラジルの親戚が「the special situation of your mother」と書く、母の事情について、少し書いておこう。
私自身もよくわかっていなかった。
ブラジルへ行くと決めてから、いろいろ聞いてはじめて知った事もある。
母の父は、ブラジルで一旗あげる! と20代でブラジルへ移民した人である。
ブラジルで日系人と結婚、1935年に母は生まれている。
1941年3月、母が6歳の時、祖父はブラジルで成功して、いわゆる「故郷に錦を飾る」思いで、日本へ長女の母だけを連れ、帰る事にした。
母の幼い2人の妹と、まだ祖母のお腹にいた弟、そして祖母は、数ヶ月したら帰ってくるだろう父子をブラジルで待つことにした。
ブラジルサントス港を出たのは3月、船で約45日、日本に着いたら5月になっていた。長い船旅だったので、途中船上でお葬式などもあったそうだ。
その数ヶ月後、第二次世界大戦がはじまり、祖父と母はそのままブラジルへ帰る事ができなってしまった。ブラジル人であった祖父も、日本軍として戦地へかり出され、フィリピンで あえなく戦死したという。
戦後の混乱の中、母はブラジルへ帰る事もできず、日本の親戚の家で日本人として育てられたとのこと。最初、箸の使い方が下手で苦労したと言っていた。
戦争中は、いろいろな不幸な話がたくさんあるので、何も特別ではないかもしれない。でも、今の平和すぎる日本の生活の中で、改めて聞くと、なんだかえらく不思議な不幸の話のような気がする。
takotako (2005.09.16) : Comments (2)
なかなかブラジルに行けない〜〜 が、もうひとがんばりです。
って、これがまた、簡単には進まないのだ〜〜〜
■■■ 2005.6.22(水)
思いの外、早く、外務省から公印認証の書類が届く。その日のうちに、私と子ども達の分を再び領事館へ送付。こんどこそ!
水曜日は、毎週英語のレッスンを受けている。昨日書いた、日本語の手紙と、英語に訳した手紙をK先生に添削してもらう。よし、かなり熱意のこもったレターになったぞ!
さらに、ブラジルの親戚がFAXしてくれた「ポルトガル語で書き直した母のパスポート申請書」と「母の特殊な事情をポルトガル語で書いた手紙」を、数枚になっていたので、パソコンでスキャンして2枚にまとめる。
申請書には、母の直筆のサインがいる。
この日の夕方、3時間以上かけて、母に電車でうちの近くまで来てもらい、サインをもらう。書類を領事館へ送付!
今度こそ! 今度こそ!----祈る思いだよ〜〜
■■■ 2005.6.24(金)
一番乗りで父のブラジルビザ付きパスポートが届いた。
これで、"父だけ"はブラジルに行ける!
■■■ 2005.6.25(土)
弟から電話「また返ってきた.....」
はぁ〜〜〜
なんか、ポルトガル語で、「広島まで来い」と書かれているような書類が入っていたとの事。もうどうやって訳したか、忘れたが(ブラジルに問い合わせたり、弟が辞書引いて訳したり、旅行会社に聞いたり...)どうも、昔むか〜しに母が日本へ来た時にあったはずのパスポートがなくなっている事情を説明するために、面接を受けなさい---と書かれているようだ。
ブラジル領事館は名古屋なのだが、母の住所から名古屋は遠いので、担当の人が広島に行く日があるので、広島に来てもよい、と書かれているらしい。広島だってむっちゃ遠い。
■■■ 2005.6.26(日)
明日、弟が母を連れて、名古屋に行ってくれる事になった。
実は弟はブラジルに2回も行っているし、私より英語も上手。
よろしく頼む〜〜!!
ブラジルからのメールは、今までは「来るのを楽しみにしています」という内容だったのに「もし、今回だめでも、絶対待っているので、必ず来てね」という内容に変わった。
絶対行くって!
takotako (2005.09.16) : Comments (0)
■■■ 2005.6.19(日)
こないだ送った、私・父・子ども達のビザの申請書一式がそのまま返送されてきた。
「18歳未満の者で両親同伴でない場合は両親の同意書が必要です」と書かれてあった。いらんって言っとったやないか〜!!
両親と一緒に住んでいる弟からも電話がかかってきた。あちらもパスポートの申請書一式が返ってきたとの事。
FAXしてもらうが、書類にポルトガル語でなんかいろいろ書いてある。解読不能。。。書類をスキャンして、ブラジルの親戚に、画像添付でメールを送る。
私の方に返送されたビザ申請は、私達親子分だけの問題のようなので、父の分だけ、
その日に領事館へ送り返す。父の分だけでも、通してくれりゃぁいいものを...ブツブツ...
■■■ 2005.6.20(月)
大阪府庁の外務省分室に電話をかけて、同意書の公印認証の事を聞く。
郵送でもできるが1週間くらいかかると言われたので、大阪へ直接行って申し込む事にする。
印鑑証明を取って、家から3時間、大阪府庁へ行き、公印認証を申し込む。
申し込みは、簡単な申し込み書を窓口に出すだけ。1分。
あ〜大阪は暑い!
■■■ 2005.6.21(火)
母の書類内容を聞くため、ブラジル旅行社のOさんにも画像を送る。
どうも、過去のパスポート、出生証明のコピー(別のもの?)の要求をしているらしい。
写真のサイズも違うようだ。
Oさんより
・ブラジル旅行社のエージェントを通じ、
領事館から出されたのINFOに沿って書類を提出したこと
・ブラジルの親戚に尽力してもらい出生証明をやっと取ったこと
・過去のパスポートがすでにないこと(戦争でなくなっている)
の説明を英文と日本語で書き、領事館へ提出する事をアドバイスしてもらう。
takotako (2005.09.06) : Comments (0)
ブラジル旅行記と下記ながら、ちっともブラジルにたどり着きません。。。すみません。
なるべく手短に書きますが、記録に残したい事でもあり、、ご勘弁!
■■■ 2005.5.31(火)
ブラジル旅行社のOさん領事館から回答が得られましたのメール。
必要書類は
(1)出生証明
(2)住民票
(3)申請書
(4)写真2枚 5×7(6ヵ月以内に撮影)
(5)申請料金¥3.600-
出生証明は日本には、ない! ブラジルに親戚にメールで頼む。
申請書はサイトからダウンロードできるが、ポルトガル語で読めず。
■■■ 2005.6.2(木)
ブラジルの親戚から返事。
Rancharia, Bastos, Varpa , Tupan 4つの町へ問い合わせて、やっと見つけた。
送ってもらうので、着き次第、日本へ送りますとの事。
あるもんなんだ〜!
■■■ 2005.6.5(日)
パスポートの申請書を持って、隣町の「ブラジリアンギャラリー」という、ブラジル人のお店に行く。そこのブラジル人のお兄さんに訳してもらう。
■■■ 2005.6.7(火)
ブラジルから、やっと出生証明が届いたので、日本に送りますとのメール
■■■ 2005.6.15(水)
ビザとパスポートの申請料を領事館へ振り込む。
この申請料はそれぞれの名前で振り込めとの領事館の指定。うーん振込料もったいない。
ブラジルから母の出生証明が母の元に届き、弟に申請書を領事館へ送ってもらう。
私の方からは、別便で 私・子ども2人・父 のビザ申請書を送る。
takotako (2005.09.05) : Comments (0)
■■■ 2005.5.25(水)
3日まで待っても、ブラジル領事館からの返答が届かないので、ブラジル旅行社のOさんへメールをして、助けを求める。
旅行社からブラジル領事館へ問い合わせをしてくれるそうだ。
■■■ 2005.5.27(金)
Oさんから、領事館から回答が得られたとのメール。
-----------------------------------------------------------------
お母様の出生等が公的な書類が存在するか、
国籍が存在するかを調べるサイトがあるそうです。
これにアクセスしていただいて、検索ででてきたら
ブラジルパスポートを申請しなければならないそうです。
http://www.sistecart.com.br/
-----------------------------------------------------------------
ポルトガル語のサイトでさっぱりわからないので、ブラジルの親戚へメールをして
助けを求める。
旅行社のOさんからは、国籍があったとして、何の手続きが必要か、ブラジル旅行社の名古屋支社から、領事館へ正式なINFOを尋ねてもらうとの連絡が入る。
ありがたい!
(※関西が管轄のブラジル領事館は名古屋にある。)
■■■ 2005.5.28(土)
ブラジルの親戚からメールが入る。
日本の戸籍では母の生まれた場所となっている「Rancharia」の町とサンパウロのブラジル領事館へ問い合わせてみます、との事。
(※あちらでは日本語が打てないので、メールはすべてローマ字... 解読がとても難しい)
ちなみに母の生まれは、戸籍によると「ソロカバーナ線ランジャリーナ駅」となっていた。なんで「駅」なん? と思っていたが、後にこれは、適当に書いたものという事が判明する。。。。戸籍って結構いい加減(^^;)
takotako (2005.09.01) : Comments (0)
■■■ 2005.5.20(金)
夕方、ブラジル領事館から返答のFAXが届いた!
早いじゃん!!
貴兄の質問に回答します。
-----------------以下省略----------------------
観光査証を申請するための必要書類や査証料が少し異なりますので、別紙を参照してください。
--------------------------------------------------
○○○○(母の名前)様についてですが、ブラジル生まれのようなので、ブラジル国籍を放棄していない場合、査証を発給することができません。ブラジルに入国するためには、ブラジルのパスポートが必要になります。パスポートの発行手続き等については、別途お問い合わせください。
----------------------------------------------------------------------
って、え!?
!!!!!!
どうも母のビザが取れないらしい。
それと、何か必要書類が違うらしい。
いっしょに送ってくれた「別紙」は、いわゆる「説明一覧」というやつで、づらづらづら〜 と、とにかく小さな字でぎっしり書かれている書類で、よくわからん...
だから、わざわざ昨日送ったFAXには、「大きな字」で「箇条書き」で「わかりやすく」書いたのに(T_T)....
しかし、とにかく隅々まで読んで、一個づつ読み解いていくと
○ 1 パスポート
○ 2 申請書1枚
× 3 写真 2 枚(5×7cm)-----> 1枚でいいらしい
○ 4 往復航空券 または 航空会社発行の予約証明書
○ 5 住民票
× 6 ビザ料金 5,250円-----> 4200円(3000+郵送での申請料1200円)
という事らしい。
もひとつ「18才未満で、両親が同伴しない場合、外務省で公認認証をを受けた印鑑証明がついた、同意書が必要」と書いてある。
今回、夫は仕事のため、私だけが、子ども達を連れて行く。
確か前に旅行会社で確かめた時も「両親とも日本国籍の場合問題ない」と言っていたと思ったが、念のため、ブラジル旅行社へメールをして聞いてみる。
・・・やはり、大丈夫みたいだ。
し、しかし母のブラジル国籍ってどうやって調べるんだ?
日本の戸籍には、何も書いてなかったぞ!
■■■ 2005.5.23(月)
領事館は土日休みなので、月曜の朝まで待って、再びFAXを流す。
・ビザの申請書類の確認
・両親同伴の件
・ブラジル国籍はどこに聞けばわかるのか?
takotako (2005.09.01) : Comments (0)
チケットが取れたら、次はビザだ。
ブラジル旅行社さんが、「5人分だと結構かかるので、ご自分で取った方が安いですよ」と親切にビザの申請書とブラジル領事館の連絡先を教えてくれたので、自分で取ることにする。ブラジル領事館の問い合わせはFAXだけなのだそうだ。う〜んめんどくさい。
申請書といっしょに、必要な書類を書いた紙ももらったが、こういった申請、後から「あれが足りない」「これが足りない」と言ってくる事がよくある... ので、念には念を押して、領事館へ問い合わせのFAXをする。
・・・・・ 後から、いろんな人に何回も、なんで馬鹿正直に書くのぉ...!? ・・・・・ と、言われてしまう事まで書いて。。。。
---------- ブラジル領事館 御中 ------------
2005年7月に観光でブラジルへ行きますので、ビザを申請する予定です。
申請に送付する必要書類が下記であっていない場合はお知らせください。
※申請は宅急便を使います。
1 パスポート
2 申請書1枚
3 写真 2 枚(5×7cm)
4 往復航空券 または 航空会社発行の予約証明書
5 住民票
6 ビザ料金 5,250円
渡航予定者 名前○○○○○○○(年齢)
○○○○○○○(年齢)
○○○○○○○(年齢)
○○○○○○○(年齢)
○○○○○○○(年齢)
※○○○○(母の名前)のみ ブラジルサンパウロ出身
国籍は日本
■■■ 2005.5.19(木)
これが、第一の問い合わせ。
takotako (2005.08.29) : Comments (0)
--------------------------- Fright Schedule ------------------
(5/20頃)
<行き>
大阪伊丹 7/19 13:15 → 7/19 14:30 東京成田(飛行時間1:15)
----- (待ち時間3:30)-------
東京成田 7/19 18:00 → 7/19 15:30 アメリカダラス(飛行時間11:30)
----- (待ち時間2:15)-------
アメリカダラス 7/19 17:45 → 7/20 5:47 ブラジルサンパウロ(飛行時間10:07)
<帰り>
ブラジルサンパウロ 8/7 23:30 → 8/7 7:56 アメリカダラス(飛行時間10:26)
----- (待ち時間2:14)-------
アメリカダラス 8/8 10:10 → 8/9 13:15 東京成田(飛行時間13:05)
----- (待ち時間4:40)-------
東京成田 8/9 17:55 → 8/9 19:10 大阪伊丹(飛行時間1:15)
長すぎ〜〜〜〜っ。
takotako (2005.08.23) : Comments (2)
出発の2〜3週間前にあわてて格安チケットと手頃な宿をインターネットで探しまくって手配する... っていうのが、ここ数年の私の旅の方法だったのだが、今回はなんといっても、うちのじゃり(小1と小4)に加えて、じじばば(両方70才以上)連れ。
何があるかわからない、とにかく早めに動き出そう。
出発予定の8月の3ヶ月前、5月のはじめ頃、とにかくチケットを押させることにした。
チケットを取るのに、いつもなら、格安チケットのサイトを探すのだけど
今回は、とにかく何が起こるかわからない... ので、ブラジル旅行に慣れている代理店で手配しようと、ネットで探す。
後々、ブラジル専門店でほんとによかった〜 と思う事になるとはつゆ知らず。
さてさて、おどろいた事に、ブラジル(南米)専門代理店は3社くらいしかない。
もちろん他にも小さなところや、HISなどでもブラジルコーナーはあったけど、専門代理店というのは、ほんとになかったのだ。
日本人は世界中、ほんとにどこにでも行く(らしい)。
旅行ガイドも世界中のものがあるのに、ブラジルの本はほんとに少ない。
場所も遠いけど、人と人との交流も遠いのかもしれない。
日本国内には、たくさんのブラジル人が働きに来ているのに..
とにかく3社にうちのひとつ「ブラジル旅行社」に連絡をとる。
実はこの会社、去年仕事の打ち合わせで、大阪へ行った時、偶然前を通りかかって、寄った事があったとこだった。
チケットは調べると、7月8月は、どこの航空会社もとんでもない値段になっており、とても予算オーバー。
唯一アメリカンエアラインだけが7/22までなら、安くとれる。
メールとファクスだけで、チケットを押させてもらうこともできたけど、
いろいろ聞きたい事もあったし、5/12、子ども連れて大阪堂島のブラジル旅行社まで行くことにした。
ブラジル旅行社は堂島のビルの5階。それほど大きくないオフィスに女性2人。電話をしているのを聞いていると、ポルトガル語らしく、さっぱりちっともわからない。
しかし、担当のOさんとは、何度かメールでやりとりをしていたので、話はスムーズ。
フライト時間がとにかく長いので、ストップオーバーにして、途中アメリカで1泊するか迷ったけれど、旅慣れない父母を連れて、いったん空港から出て、ホテルへ移動して..また戻ってくる... 方がはるかにめんどくさそうなので、トランジットで乗り換えだけにする。
NY経由だと少し安かったのだけど、残念ながらそれは取れずダラス経由になる。
出発日は7/19。子ども達の終業式が7/20なので、できれば21か22がよかったけれど、まだだいぶ日があるので、キャンセルが出るでしょう、ととりあえず7/19を押さえてもらう。
万が一の父のキャンセルについての心配があったので、念のために、キャンセルや日程変更について聞いてみたが、チケット発券前であれば
「弊社ではお客様の8割が南米国籍の方なので、変更等は通常良く起こりますので、
ご予約後のキャンセル料・変更料等は頂いておりません。ご安心下さい。」
との事。
ありがたい!
手続きの間、大暴れしていたうちのじゃり共を見て、O さんが
「飛行機長いですけど、大丈夫ですか?」--- と苦笑い。
いや、ほんまに。。。
この後、ブラジル旅行社さんにはいろいろお世話になることになりました。
専門店でよかった〜〜 って思うのは、もう少し後。
とりあえず、この時の気分は
チケット取っちゃったよ。
もう後戻りはできませんよ〜 ってな感じ。
takotako (2005.08.23) : Comments (3)
今年のはじめ、母に言った。
「お母さんをブラジルに連れて行くから」
しかし、実はうちのファミリーには、最大難問があった。
父--- 短気・人の言う事をきかない・人の家に行くのがきらい・動きまわるのもきらい
----そのうえ外国人が嫌い.....
我家は親の家から車で3時間くらい。
両親は何度かうちに来たことがあるが、たいてい日帰り。
なんとか泊まってもらえても、次の日の朝には、起きたとたんに帰り支度をしているような父。
とにかく短気、せっかち。
1日以上、飛行機に乗って地球の裏側へ行けるのか。
周りは外国人だらけ、泊まるのは母の親戚の家。
何か、失礼なトラブルを起こしそう。
しかし、かと言って、家に一人置いておくのも無理。
なんせ昭和一桁生まれ。炊事洗濯をやっている姿は見たことがない。
弟妹に置いて行こうかと思う、と言ったら「それは困る」「連れていって」と言われた。
「ブラジルに行く」と宣言してから
父は一緒に「行く」と言ったり「行かない」と言ったり、その日の気分でいろいろ言っていたらしい。
そろそろ準備を始めようかと思いだした、5月頃、
父はどうやら、覚悟を決めて行く気らしい。
たいてい、行き当たりばったりの旅を実行してしまう私だけど
寸前まで、ほんとにそれだけは、心配した。
行けるんか... ほんまに。父!
トラブったらどうしよう!?
takotako (2005.08.19) : Comments (0)
あれは3年前。
北朝鮮から、蓮池さん達、拉致被害者帰国のニュースが盛んにTVなどで流れていた。
24年間、どんな思いで日本や家族の事を考えていたのだろう.... そんな事を考えながらニュースを見ていたら、妹からメールが届いた。
「あの人達は24年、でも母は60年以上、ブラジルに帰れていなかったんやなぁ。どんな思いでいたんやろうなぁ」
それまで、あまり母のブラジルの事は考えた事がなかった。
うちの父親は、亭主関白...というか、男尊女卑、その上、古い感覚で、外国人を差別する事がしばしばあった。
母がブラジル生まれなのは、知っていた。戦前に兄弟や家族を残して日本に来て、日本のおばさんの家で育てられた、というのも知っていた。
昔から、我が家にはブラジル土産の石のアクセサリーや、蝶々の絵もあった。
ブラジルコーヒーもよく見た。
でも、母はなんの不自然さもなく日本人だし、男尊女卑の家庭で、母の家の事をじっくり話するような雰囲気もなく、なんとなく特に気にせずに今まで来てしまっていた。
妹のメールで、ハッと思った。
どんな思いで育ったんだろう。
母をブラジルに連れて行こう。
takotako (2005.08.17) : Comments (0)